モチヅキ年表

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これまでの年表を軽くまとめてみました。

結構長いです。

幼少期

1989年 広島県で生まれる。すぐに兵庫県へ移る。

1995年 阪神淡路大震災を経験。

タンスの下敷きになるところを間一髪父親に救われ、一命を取り留める。

私の邪魔をするな!な幼少期

理由はわからないが、「他の子と遊ばんといて〜」と、友人数人に執着されることが多くなる。

執着されることが当時から嫌で、つきまといがひどかった子の顔にツバを吐くほど。

先生の言うことはあまり聞かず、お遊戯の時間もひとりふらふらどこかへ出かけて行ってしまっては先生の手を煩わせるような子供だったそう。

でも引っ込み思案でシャイ。

ちなみにこの頃セーラームーンのあみちゃん(セーラーマーキュリー)が大好きだった。

海外との出会い

1996年 親の影響でハリウッド映画を見るようになり、なんとなく海外に憧れをもつように。

この頃からなんちゃって英語を話し始める(両親談)。

おそらく、同じクラスだったカナダ人のクリスティーナちゃん(セーラームーンみたいだった)の影響。

 

中学時代

2002年 小学校を卒業し、父親の仕事の都合で広島に住むように。

慣れない環境と軽いいじめに遭っていたストレスから過食気味に。1年で体重10kg増。

内気な性格といじめられていたためか、自己主張はほとんどしなかった。というかできなかった。

幼稚園時代の自由なわたしはいずこへ。

つまらん毎日。でも「生活の歩み」と「ノート作り」は楽しかった

校則や同調圧力で生徒を均一化させようとする学校が嫌で、自分の意思でできないことばかりの日常でうんざりなつまらない日々。

でも人の目を気にしてしまう。しんどい。

部活も強制入部。

入りたい部活もないのに、「部活をしない」という選択肢がないことにうんざりする。

幼少期はつきまとう子が嫌いだったが、いろいろなことを無理強いされる環境に嫌気がさしていた時期。

でも「いい子」でいたくて、なんでも従う、いわゆる優等生。

この頃から「ノート作り」と「生活の歩み」(連絡帳と日記が混ざったようなもの。先生から返事がもらえる)に徹底的に励むようになる。

多分、自己主張ができないストレスがあって、優等生な自分も個性があるんだぞと主張したくて、紙の上に普段主張しにくいことやまとめたいことを自分流に誰かに伝えたかったのだと思う。

ノートも「どうしたら見やすくなるか」「他者と違いを見せつけられるか」を重点に、授業そっちのけで紙面で個性を出すのに夢中に。

他の子が1行しか書かないような「生活の歩み」を別紙に2枚くらい書く日が続く。

時には写真を貼ったり新聞の切り抜きを貼ったり。絵を描いてみたり。

先生からの反応を見るのも面白く、この頃から「書いて誰かに伝える」ことに夢中になる。

「海外生活」に興味津々。

この年、つまらない日常から逃げるように

「もっと英語が上手に使えるようになって海外に行ってみたいな」

「日本の外にはどんな人がいるのかな」

「海外の学校もみんな退屈なのかな」

と、感じるように。

親に頼んで頼んで頼んで「日本ペンパル協会」に入会。

ヨーロッパやアフリカ、南北アメリカ、アジア、オセアニア地域の同世代の人たちと交流を深める。

この頃から洋楽に傾倒。

世界の同世代の子供達の日常を知ったり、日本の文化をどう伝えるか?日々に楽しさが増すように。

クリスマスやお誕生日など、定期的に自国のお菓子を送りあうなど、日本では手に入らないお菓子やアイテムにときめく日々も始まる。この頃から海外のお菓子や雑貨に興味津々に。

学校はつまらなかったけれど、日本よりもパッケージがラフで色使いも異なる海外のものに触れるのがとにかく楽しい日々。

”北欧”との出会い

2003年 ある日たまたま訪れた家具店で北欧家具・インテリア、パンフレットに載っていた北欧人ののびのびとしたライフスタイル写真や記事を見てときめきを感じる。

北欧は個人が強い社会で、休みが長いのか!

冬が長いからインテリアに配慮するんだなー

だからインテリアにカラーがたくさんあって、柄もきれいなのかー

こんなおうちに住めたら、どんな日常が待っているのかな

……と、どんどん北欧に興味をもつように。

そういえば中学時代は皆勤賞でした

そういえばつまらない学校でも、いじめを受けてても中学3年間皆勤賞でした。

「いじめがなんだ!こんなクソつまらん学校でも毎日通ってやるわ!」と闘志を燃やしていた。

クソ真面目で負けず嫌いで優等生、思えばこの頃から逆境には強かったのかもしれない。

 

高校時代

2005年 英語教育に力を入れている、自由な校風の高校に合格&入学。

先生も校長も、校則もゆるかったため、以前ほどしんどさやストレスを感じなくなる。

3年間クラス替えがない学科だったためクラス全員ファミリーみたいだった。

 

初海外はニュージーランド

この年、ニュージーランド語学研修へ。初海外。

ホームシックにはならなかったが、食生活の乱れで3週間で体重8kg増という人生初の経験をする。

これまで習ってきた英語はアメリカ英語ベースだったが、それ以外にもニュージーランド英語があることを知り、さらに英語に興味を持つように。

おどおどしていると見くびられる、自己主張をしないと話が通じない場所で、日本の美徳である「遠慮」は通じないと感じたニュージーランド。

たった3週間の滞在だったが、自己主張の大切さを痛感させられる。

この頃からまだ内気ながらも自己主張ができるようになる。

留年しかける

2008年 英語など好きな教科は全科目オール5なのに、理数系科目の成績が及ばず卒業危機を迎える。

が、本番に強い性格が幸いし卒業試験合格。

文系科目のみで現役大学進学。ちなみに高校も皆勤賞。

 

大学時代

2008年 大学入学後、世界192の地域・国から来た外国人と一緒に大学寮で暮らし始める。

極度のホームシックになり1ヶ月自室に引きこもる。8kg減。

 

しばらく大勢の外国人たちと暮らしてました。

ホームシック明けから勉強に励む日々が始まる。怒涛の毎日を英語・日本語で過ごす。

1人で食べるのではなく、仲良くなったフロアメイトたちと一緒に料理をすることが多かったためか、この年から料理スキルが異常にアップ。教えあったり教わったり。

ちなみに、当時住んでたフロアには日本人以外に中国、韓国、アメリカ、フランス、インドネシア、リトアニア、ケニア、台湾、ネパール人が住んでいた。

言葉が通じない人がいても食でコミュニケーションが取れるのは本当。

ニュージーランド短期滞在の時以上に、国による考え方の違いや宗教の違い、食文化の違いなど「違い」に触れる毎日で、どんな人に出会ってもその人となりを受け入れられるようになる。

 

バイト始めました

この年から写真屋さんでバイト開始。

当時住んでいた場所が観光地だったため、ホテルや旅館などで観光客の写真をひたすら撮る。

毎日交渉が必要な場所で、営業トーク力を身につける。

また、営業トークだけでなくセクハラや下ネタに対する免疫がつく。(会社のボス層にセクハラを好む人物が多かった)

「セクハラが一般化してる会社終わってるなー、きっと他にも変な会社多いんだろうなー。やだやだ。」

と日本社会で会社員として働くことに少し恐怖を感じるようになる。

 

考えるより先に行動。衝動的にトルコに渡航

2010年 たまたま受講していた講義で出てきたトルコに興味が湧き、講義から3週間後トルコ・イズミールに渡航・ボランティア滞在。ちなみにチケットは両親事後承諾で購入。(両親に結構怒られた)

ややぶっ飛び気味なヨーロッパ人たちと2週間共同生活。

ボランティアといっても、海岸清掃や植樹など。大きな貢献は特にしていないが地元の人が喜んでくれるのが嬉しかった。

世界三大料理のトルコ料理や現地の人の温かさや東西文化が入り混じった独特の街並みに惚れ、海外の文化融合や移民事情、民族、宗教に関心を持ち始める。

トルコを離れた直後、最終日に滞在していたイスタンブール市内のホテル近所で自爆テロが発生したことを聞く。

もし滞在時期がずれていたら?

出発が遅れていたら?……

阪神淡路大震災とトルコの出来事で「やはり自分は誰かに生かされている」と強く感じるようになる。

 

社会人になってから

2012年 大学卒業とともに広島県内のアパレル系セレクトショップに入社。

WEBショップの部署に配属。商品撮影・加工や商品コピーや商品紹介文担当。

就職先はいわゆる”ブラック企業”

週休1日、労働時間が深夜まで続くことが多い、経営陣のパワハラがあるなど、思いのほか過酷。

休みが少ないのは入社前から分かってはいたものの、深夜までの労働やパワハラのある環境が辛く、入社1ヶ月めの頃、毎朝吐き気と涙と震えが止まらなくなる。

朝を迎えるのが怖くなり、日に日に不眠気味に。

職場でお手洗いに一度入ると20分は出られないほど、職場環境に恐怖心を感じるようになる。

どんなに負けず嫌いでも、逆境にめげない性格でも、どうしてもダメ。体も胃も震える。

必要でもなんでもないものを日々買いまくる日も増える。

物を買うことでストレスを発散していた時期。

入社して2ヶ月が過ぎたころ、心身の危機を感じ転職活動開始。

『君、もう明日から来なくていいから』

ある日なぜか転職活動が社長にばれ、入社3ヶ月めでクビに。
(多分、知らずに社長の知り合いの会社に履歴書を送ってた)

転職活動しただけでクビになる会社の理不尽さを呪う。

が、もう職場に行かなくていいことに安堵。うれしすぎて泣く。

わたし以外の誰かに生活を激変されるなんて、おかしい、当分会社勤めなんてしたくないと思った。

転職活動もしばらくおやすみ。

大好きなインテリアの仕事をします。

会社勤めなんて、と思っていたけれど、

「とにかく就職しなきゃ」「社会に居場所がないなんてなぁ……」と、クビ後2ヶ月めくらいに就活再開。

インテリアが好きなこともあり、同年秋に女性向け家具会社に無事転職。

家具デザイナー/商品企画担当として勤務開始。

入社3週間めで初海外出張が決まる。ベトナムへ。

それ以来、ほぼ毎月海外出張が入る生活に。

仕事とはいえ、また外国が身近な存在になり嬉しい日々が始まる。

以降、ベトナムを中心に台湾・中国への出張が続き、大学寮時代以上に現地の食生活に興味を持つ。

どんどんアジアの食生活・レシピ収集にはまるように。

直属の上司も社長もとても人間味溢れる素敵な方で、いつも後ろをついて歩いていたのはこの頃。

自分が手がけた商品が市場に!

2013年 この年から、タイやインドネシアへの出張がはじまる。

人間関係も良好で、一番仕事が楽しかったのがこの時期。

この年、自分が手がけた商品が市場デビュー。
ものづくりの喜びを知る。

この頃仕事も忙しかったが、社長がいつも言っていた

「なんでも楽勝だと思えばなんでもできるよ」

という言葉が好きで、いつも元気をもらっていた。

約10年越し!憧れの北欧へ

2014年 やっと戴けた有給で憧れのスウェーデン旅行。

この初北欧旅で、北欧人のライフスタイルや食事、住環境にさらに魅了される。

このまま会社員でいるべきか?という疑問

この頃、家具デザイナー/商品企画担当として年間休日99日の会社で働き、土日は寝ているだけ……という生活に違和感を覚え始める。

自分の人生なのに、「働くために生きている」ような感覚。

前職で苦しんだこともあり、「会社員でいる人生」にだんだんと疑問を感じるようにもなる。

同僚も好きだし上司も社長も好き。仕事も充実している。

でも、このままでいいの?もっと他にしたいことがあったんじゃないの?

他の働き方もあるのでは?と、この年から迷いながらも徐々に退職を考え始める。

2度目の北欧旅行:アイスランド

2015年 人生2度目の有給北欧旅行はアイスランド一周旅行。

滝やどこまでも続く道と緑、馬や羊、氷河、火山など暴力的なまでに神秘的な自然を前に、退職しようかなー貯金したいしなーどうしようかなー上司も仕事も好きだしーうーんと迷っている自分がちっぽけな存在に思える。

アイスランドから帰る機内で退職決意

<アイスランドからフィンランドに戻る機内の中のモチヅキ脳内>

「アイスランド、きれいだったな。もうちょっといたかったな。

世界にはまだたーーくさん美しい場所があるんだろうな。

有給でしか旅行のために休めない会社に勤め続けたら、行きたいところを制覇できずに後悔する。

世界中で美味しいもの食べて、きれいな景色に出会って……って、したいこともいっぱいあるな。

なら、会社勤めしてる場合じゃないな。

仕事は好きだけど、このままだと人生のほとんどの時間を会社に使うことになるな。

人生一度しかないし、後悔するなら辞めてから後悔しよ!

よし、退職!」

と、帰りの機内で退職の意思が固まる。

スウェーデン男性Lとの出会い

アイスランド旅行以前まで恋仲だった男性との関係が終わった直後に、暇つぶしに使っていたランゲージエクスチェンジアプリでスウェーデン人男性Lと出会う。

生まれた日が一緒、性格も似ている、お互いの国に興味がある……と、共通点が多く、毎日話す友人に。

毎日話すうちに告白されるが、「悪いけど、実際に会ったことがない人とはつきあえない」と断ってしまう。

副業としてのライター業開始→退職届提出

退職後に組織に属さなくても生活ができるように……と、帰国後クラウドソーシング「ランサーズ」にて副業ライターとしてライティング実績を重ね始める。

なんとかやっていけそうだと判断し、2016年2月に退職届を提出。3月退職。

フリーランス転身後

2016年 4月からフリーライターの道へ。

ある程度の時間と場所の自由を手に入れる。

国際恋愛も始まる

ある日Lから「君に会ってから気持ちを伝えるべきだったと思っている。君に会いに行ってもいい?」と突然の相談。
とりあえずOKする。

L、その後すぐに会社の有給を取得し、来日。

ちなみに彼にとって今回が初めてのひとり海外。

本当に来日するとは思っていなかった私。

Lのわたしに対する本気度と行動力に惹かれ、付き合うように。

今のところ順調です

2017年 取引先も増え、バリバリ仕事に励む日々。

夏にスウェーデンに1ヶ月ホームステイ(彼の実家)予定。